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「あと、危険だなって思うのは、こういうことを政治家が言うと、言ったもん勝ちみたいなところがあるんだよ。だって、こういう問題でテレビで反対か賛成 かって議論になったとき、タレント業や政治家をやっているような人間が『規制には反対です』って言ったところで、好感度や票が上がることなんて、一切ない ですよ」

「そうなると、『賛成すればするほど、健全』ってイメージが付いていくじゃないですか。だから、こういう条例案とか法案が提出さ れると、スゴイ止まりづらいじゃないですか。俺の場合、『(条例に)反対の立場で取材や出演をして下さい』って言われても、事務所はその仕事を受けないと 思いますよ」

「おかしいなって思うのは、『みんながみんな見て、ヒドイと思うマンガ』っていうのは、確かに存在していると思うんですよ。 でも、それに規制をかければ存在しなくなるとか、存在しているから表現の自由を規制して良いのかって考えると、それは別の問題だと思うんです」

「あ と、みんな悪知恵が働くからね。どうしてもそういうマンガが描きたい人は、設定を”18才以上”ってことにして描き続けるし、たとえ規制を強めて裁判なん かをして出版できないようにしても、ペンネームを変えたり、行方をくらましたりして、また描いてくると思うんです。本当に『イヤなものを創りたい』ってエ ネルギーには敵わないと思うんですよ」

「そうなると、『規制に引っかかるかどうかのボーダー』上にいる人たちは、表現を緩くなんかするだ ろうし、そういった人たちは描かなくなると思うんです。つまり、その規制で消えていくのは、『別段、問題にならないマンガ』なんですよ。より問題のあるマ ンガは、数は減らず、地下に潜っていくと思うんです」

「そのマンガをゲットした時の喜びは、現物をゲットできた喜びと、さらにご禁制のも のをゲットできたってことの喜びがプラスされると思うんです。それは、どうなんでしょうか」
伊集院光が語る「成年マンガの表現規制」 | 世界は数字で出来ている (via katoyuu)

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258 notes

絶えず増大し続ける知識を最大多数の人々に供給するインターネットは、啓蒙主義の夢の実現だろうか、それとも公共知が私的企業の餌食にされる悪夢の到来なのだろうか。グーグルのおかげで、あるいはグーグルのせいでと言うべきか、この問題はもはや机上の空論ではなくなった。この4年間、有名な検索エンジンサービス企業は、世界有数の大学図書館の蔵書から数百万の著作物をデジタル化し、ネット上で公開してきた。著作者と出版社にとってそれは、著作権のあからさまな侵害行為だった。長い交渉を経て当事者双方は合意に達したが、そこで合意された内容は、書物を読者のもとに送り届ける従来の仕組みを根底から覆すものだった。どんな新たな世界がこの取り決めから生みだされるのか、その法的・経済的な概略はいまだ未知数であるものの、所蔵コレクションを開放し、あらゆる人々に閲覧できるようにするという、大学図書館館長たちの目的にぶれはない。一見するとごくたやすいプロジェクトであるが、そこには社会的拘束や経済的利益など様々な足かせがつきまとってきた。2世紀前に存在した、世界文芸共和国のプロジェクトとも重なって見える。

グーグル・ブック検索は啓蒙の夢の実現か?

これとてもいい。興味のある人は全文読むべし。

(via fukumatsu) 2009-03-28 (via gkojay)

土曜日朝のたんぶらは面白い

(via uncate) (via tsukamoto) (via shin3) (via proto-jp) (via yaruo)

(via jun26)

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83 notes

ご存知の方も多いでしょうが、以前僕はコンビニで売られるエロ漫画雑誌で連載しておりました。
その頃から規制は頻繁に行われていましたが、不思議だったのは規制の基準がやたらとブレること。
理由は簡単で、担当者が替わると規制もブレルのです。
男性が検閲(と、僕は呼んでいた)担当だと、まあ普通の常識的な規制なのですが、女性、それもポルノなどを毛嫌いしてる方が担当だと、それこそ「?」と言 いたくなるくらい厳しかった。
全20ページの漫画に占める「裸のあるコマ」の割合までも言い立てて、規制される。

つまりこの国に於ける規制には明確な基準が存在しなくて、携わる人間の個人的常識、もっと言ってしまうと「好き嫌い」で決まってしまうのです。あまりに流 動的で、不安定。
そのため出版社は最終的に自主規制という名の「逃げ」を打たざるを得なくなります。
ヤバそうなものは一切扱わない。
コンビニ漫画はどれを読んでも同じ内容になってしまった。
それを苦痛と感じながら描いてる作家も少なくないと思います。
僕がエロ漫画から撤退したのもこれが理由の一つだったからです。
同じ事が一般漫画や、ゲーム、アニメで起きるかもしれない。これも問題の一つです。
非実在青少年規制について - 環屋 (via katoyuu)

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俺の持論を書きますが、ゲームやケータイはともかく、売り上げ減少の責任をブックオフやマンガ喫茶に押しつけるのはバカげた議論です。ブックオフやマンガ喫茶の台頭を許したものは、80年代から顕著になったマンガの長期連載化です。いつまで経っても主人公が試合していて、ほとんどそれだけで40巻も50巻も単行本が出続けるという現状は、狂っています。これではマンガが売れなくなるのは当たり前です。俺みたいなオタクはともかくとして、普通の人は同じ題名のマンガで本棚を全部埋めたりしません。出版界は、目先の利益を追求してヒットマンガの際限なき連載引き延ばしを図り、結果として自分の首を絞めたとしか思えません。
たけくまメモ : マンガ界崩壊を止めるためには(5) (via saitamazihen) (via tsupo) (via ultramarine) (via cxx) (via kisato)
2008-06-25 (via gkojay) (via konishiroku) (via words-silence) (via yaruo) (via hisaruki) (via otsune) (via katoyuu)

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「いよいよ電子出版の時代が来るぞ」という人たちの多くは、今までのケータイコミック中心の市場や、うさんくさい投資ノウハウなども多数まじった情報商材市場のことをあまり触れずに、電子書籍端末を中心にした新たな世界のことを語りがちである。
今日はぼんやりしたことを書きます。 - 知ったかぶり週報 (via worris) (via otsune) (via katoyuu)

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19 notes

―――日本の書籍と雑誌は、同じルートで流通するという、世界的にも例のないシステムであると言われます。このたび刊行された『書棚と平台』のなかで、柴野さんはそのふたつを丁寧に腑分けして書かれていますが、書籍流通がどのように雑誌流通に吸収されていったのか、その歴史を概観していただけますか。

 一般的にどこの国でも書籍と雑誌は別物で、雑誌は新聞と同じ扱いです。実は日本でも、もともとはそうでした。今、当たり前のように書籍と雑誌が同じ本屋で売られていますが、歴史的にはそうではなかったのです。
 雑誌というのは明治になってから登場した近代的なメディアでして、新聞と同じように西洋からもたらされたものです。その知的インフラを日本の国内で流通させていくことが、最初から計画的につくられていく。それは鉄道のシステムと一緒になっており、非常に分かりやすい。中心は東京にあって、中心から外側に同じように一律に行き届かせるということが、最初からミッションとなってつくられたのです。
 一方、書籍というものは中世からありました。そこから連綿と続いているわけで、もともと地域的に限定された中規模の流通システムがあったのです。それが戦前までは何らかの形で引き継がれていた。この、全く違う文脈のふたつのものがあったということを、まず押さえておく必要があります。
 それが変化していくのは、日本では書籍も雑誌も全部出版してしまおうという大きな出版社が出てきたことが大きいと思います。欧米の場合、出版社は雑誌なら雑誌社として育っていきますが、日本は総合出版社という形で育っていくところに特徴があります。なぜそういう形になったのか。おそらく一気に近代化が来たからだと思うのです。
大学出版80 【インタビュー】取次の近代と出版流通の未来――東京大学大学院・柴野京子さんに聞く (via syoichi)

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